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判るから見える…!? [科学]

『できそこないの男たち』(福岡伸一/光文社新書/P54より引用)

 私は理工学部の化学・生命科学科というところで教えているが、実験実習の最初の時間に、顕微鏡を使って細胞を観察させることにしている。ネズミの臓器、例えば膵臓や肝臓を薄くスライスした切片をスライドグラスに載せて接眼レンズを覗く。倍率は100倍から200倍程度。これくらいあれば動物細胞を観察するには十分である。
 そこでおもむろに学生に言う。では、ノートに今見えているものをスケッチしてみて、と。学生たちは思い思いに鉛筆を動かしはじめるのだが、彼らが描いているものは、ちょうどクレヨンを握ることを憶えた幼児の絵と見まがうばかりに頼りなくとりとめのないものとなる。それは風にたゆたう糸くずのようにおぼつかない、不定形の細い線である。彼らの視野の下には、膵臓の細胞が、これ以上ないほどに一粒一粒くっきり見えているというのに。

 私は忘れかけていたことを自戒の意味をもって思い出す。私が膵臓の細胞を見ることができるのは、それがどのように見えるかをすでに知っているからなのだ。どの輪郭が細胞一つ分の区画であるのか、その外周線を頭の中に持っているからだ。その細胞の向きがどちらを向いているのかを、あるいは細胞の内部に見える丸い粒子がDNAを保持している核であることを知っているからである。
 かつて私もまた、初めて顕微鏡を覗いたときは、美しい光景ではあるものの、そこに広がっている何ものかを、形として見ることも、名づけることもできなかった。私は、途切れ途切れの弱い線をしか描くことができなかったはずなのだ。つまり、私たちは知っているものしか見ることができない。
 ==========(引用終り)==========

 ものが見えるということは、見えたものが何か判るということのようです。

 何か判らないものを見ても、人間はそれを上手く認識できないのです。

 私の経験で恐縮ですが、十年くらい前、家族で蛸捕りに連れて行って貰ったことがあります。
 「蛸が見えるか?」
 と、船頭さんに聞かれました。
 生まれて初めての蛸捕りです。海岸の浅瀬で、船の上から海中を見渡しても、どこに蛸が潜んでいるのかさっぱり判りません。
 「蛸は見えません」
 と、答えました。
 船頭さんは、竹竿の先に着けたステンレスのフックで、海中の石の間に潜んでいる蛸を引っ掛けて見せてくれました。
 「すぐ目の前にいるのに、なんで見えないの?」
 と、いって笑っています。
 浅瀬の岩場に潜む蛸は、周囲の色に身体の色を似せているのでパッと見には判りません。しかし、蛸は身体の周囲に石を並べる習性があるようです。拳ほどの石が輪のようになっているところを見ると、中に蛸が潜んでいるのです。
 一度、判別出来るようになると、
 「あそこに蛸がいる」
 「こっちにも蛸がいる」
 と、次々と見つけて、子供たちと大はしゃぎしました。

 福岡伸一氏の本を読みながら、初めて蛸捕りに行った時のことを思い出しました。福岡氏の本は、難しいことを解り易く書かれていますので、さすがだなといつも感心ばかりしています。

(by 小父蔵)


 【北京市の黄砂 2010年3月20日】
▼これも、北京では見慣れた光景なのでしょうが、初めて見たら黄砂だと判らないかも…
20100320 北京市内の黄砂.jpg 


 【気になる話題】
▼教職員組合が、組織的な政治活動をするのは如何なものかと思いますが…
日教組があしなが育英会に寄付すると集めたカンパと使途』 


できそこないの男たち (光文社新書)

できそこないの男たち (光文社新書)

  • 作者: 福岡 伸一
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/10/17
  • メディア: 新書


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コメント 8

nyankome

目に映ることと、見えていることは別ですね。
黄砂、凄かったですね。
by nyankome (2010-03-22 10:34) 

多夢

黄砂でかゆくってかゆくって(>_<)
中国に慰謝料請求したいかも。
by 多夢 (2010-03-22 18:51) 

大将

目に見えることにごまかされる事って多いんですよね
by 大将 (2010-03-22 21:05) 

shira

 お久しぶりです。
 ものは見ようとしないと見えない、というお話でしょうかね。視覚には光信号としてべらぼうな情報が入ってきているのだけれど、私たちの意識はそれをきちんと識別できない。というか、何に気づくべきかがわからない。
 「見る」と「見える」の違いは、英語だとseeとwatch/look atの違いを教えるときにする話です。
by shira (2010-03-22 21:07) 

小父蔵

nyankomeさん  コメント 有り難うございます
 そうですね、目には映っていても、それが見えている(何か判る)とは限らないということなのですが…
by 小父蔵 (2010-03-23 10:39) 

小父蔵

多夢さん  コメント 有り難うございます
 中国が木を沢山切ってるので、年々黄砂も酷くなってるような気がします。黄砂と一緒に、微生物の屍骸なども飛んで来ているそうです。それが、花粉症などのアレルギーを悪化させているという研究も有るようですね。
by 小父蔵 (2010-03-23 10:41) 

小父蔵

大将さん  コメント 有り難うございます
 目の錯覚もありますが… 『巧言令色、鮮し仁』というように、見た目や耳障りのよい言葉に騙されることは多いですね。
by 小父蔵 (2010-03-23 10:46) 

小父蔵

shiraさん  コメント 有り難うございます
 英語を知らない人は、英語が聞き取れないというのに似ていると思います。人間は、何か判らないモノを、見たり聞いたりするのは苦手だという話なのです。
by 小父蔵 (2010-03-23 10:49) 

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